エレベーター・ガール(电梯女孩) 別に急いでいるわけではないのだが、意に反して密室に閉じ込められるのは気分がいいものではない。 彼は、あまりよく知らない女性一人と一緒に、自分の住むマンションのエレベーターの中に閉じ込められている。 もちろん、脱出の手立てを考える努力はした。 しかし、古いマンションなのが災いしてか、はたまた管理者の杜撰さが問題なのか、外部との接触はほとんど不可能な状態と化している。 ――ひょっとしたら、俺はこのまま餓死するのではないだろうか? 彼はそう思った。客観的に考えてみても、その可能性はゼロではない。 それにもかかわらず、彼は自分でも驚くほど落ち着いていた。 彼の後ろにいる女性は、ほんのりいい香りを漂わせている。 しとやかな雰囲気と、小柄でスレンダーな姿。 少女のようでいて、どこか大人しさを感じられる。 いまいち流行に乗り切れていないような、華美さを感じない服装。キョドキョドした態度は、彼女が臆病であることを端的に表している。 彼より年下のように見えるが、同い年かもしれない。 そして彼女は、世間一般の目から見ても、相当に可愛らしい姿をしている。 ほんの数分前、彼が彼女と同じタイミングでエレベーターに乗ったことを心の中で喜んでいたのは当然であった。 彼は 今、死の危険すらある状況下でも、 このような綺麗な人と密室に閉じ込められていることは不幸中の幸いだと思っていた。 だが、後ろにいるその女性をちらちら見る真似には踏み切れずにいた。 異性に声をかけることは、彼にとって十分な難題なのだから。 それでも、この状況下で一言も声をかけないのも失礼だろう。 彼は勇気を振り絞って、軽く振り返り、女性に声をかけた。 「えっと、気分とか悪くされてないっすか?」 声が裏返った気がした。しかし、そんなことは大した問題ではない。 女性はとても不安そうな表情で、ほんのり顔を紅く染め、汗をかいていた。 彼女にとっても、異性と会話することは難題なのだろうか。 返事をしようとしているのは見て取れるのだが、 なかなか実行に踏み切れないようだった。 それでも彼女も意を決したのか、鈴を転がしたような可憐な声で話した。 「わ…私は…その……大丈夫です…。」 会話のキャッチボール、いやむしろ紙風船の投げ合いっこと比喩すべきか。 今時、男女間といえど、このようなぎこちない会話があるのだろうか。 それでも、実在することを否定することはできないのだからしょうがない。 しかしそんなぎこちなさなど彼にはどうでもよく、 むしろ関心は彼女が体調を崩しているように見えてならなかった点に寄せられていた。 よく見れば、ただの汗ではなく、脂汗をかいている。 それに、なんだか微妙に体勢がおかしいように見える。 顔をわずかに紅く染めているのも、何か、たとえば痛みや不快感を我慢しているせいだろうと憶測できる。 しばらく経過し、彼女の呼吸が最初とわずかに異なることに気づいた。 何せエレベーターの中にいるのは、彼と彼女しかいないのだ。 いくら鈍感な彼とはいえ、彼女の挙動の些細な違いを感じ取れるのは不思議ではないだろう。 彼は再び、女性に声をかけた。 「あのさ、本当に大丈夫なんすか?なんか気分悪そうですけど。」 女性は答えた。 先ほどよりも、苦しそうに喋った。 「わ、私…っ! ほんとに…大丈夫ですから…ありがとうございま…すッ!?」 ぐるるるるる… 女性の声が裏返ると共に、腸の内部の気体が逆流する音が、彼にもハッキリ聞こえる音量で響き渡った。 この感覚は俺にも記憶にある――彼は心の中で、そうつぶやく。 外出して腹の調子を崩す、それは耐え難い辛さである。 ましてや、世界一の羞恥心をもつ生き物である乙女にとっては、想像を絶する羞恥を伴うであろう。 彼からすれば、このような可憐な人でも排泄を行うことにある種のショックを感じないではなかった。 とはいえ、彼はアイドルがウンチをしないという神話を馬鹿馬鹿しいと思う性質の人間ではあるのだが。 話を元に戻そう。 彼女の腸の音は、互いがよく聞き取れた。 それは純情なる乙女たる彼女にとって、 顔を真っ赤にして涙目になるには十分すぎるほどの羞恥を感じることを意味していた。 男も、なんとなく目を逸らし、互いにとても気まずい状況となっていた。 それから、何十分経ったかを確認する者はいない。 だが、時間は彼女の生理現象を進行させる作用を持つ。 彼は便だと予想したが、 実際にはある意味でそれ以上に滑稽で恥ずかしいものが、彼女の腹部には順調にたまっていったのだ。 本当は、彼女がエレベーターに乗った時点で、すでに腸はほぼパンパンに膨れ上がっており、 自分の一室に戻って、誰にも知られないように処理する予定だった。 まさかエレベーターが止まって、それもよりによってすぐそばに異性がいる状況で、 その恥ずかしいものをため続けるハメになるなど、彼女は予想だにしなかったのである。 もはや彼女のオシリの蕾は、いつ開放されるか予断を許さない状況となった。 さらに悪いことに、彼女はスカシなるものが出来るほど器用ではない。 つまり、腸内にたまった恥ずかしいものを放出する際、 周囲にその事実を知らせるアラームが鳴ってしまうのである。 自分がそんな辱めに耐えられるような人間でないことを、彼女はしっかり理解していた。 だが、運命のいたずらか、エレベーターは全く復旧する気配がない。 エレベーターが止まっている事実すら、誰も気づいてないのかもしれない。 それは実際その通りである。 ただもちろん、二人にはそれを確認するすべはない。 一体何時間経っただろうか。 二人無言で立ち尽くしている中、突如破裂音が響いた。 プゥッ それが自分の放った音でないことを、彼は真っ先に確認した。 消去法で、これは後ろにいる大人しい女性のものということになる。 とは言っても、 ここで振り返りでもすれば、彼女の涙目がこれ以上悪化することは確実なのだ。 彼は気づかないふりをしようとした。それが得策であろうと考えたのだ。 しかし、音が響いて数秒経つか経たないかというほどで、 彼の鼻にも、その可愛らしい音の正体が到達した。 その瞬間、彼は明らかな苦痛を受けた。 (ッ!?~~~ッッッ!!!) もう少し油断していれば、うっかり奇声をあげたかもしれない。 それくらい、強烈なショックが彼の鼻を襲った。 彼は昔、焼肉をたらふく食べた後に強烈なおならをしたことがあった。 いま感じ取った、おそらく後方の女性の発したであろう臭いは、 それと同等か、それ以上とも思える濃い悪臭である。 ほんのわずかな時間で、エレベーターの中は悪臭で満たされた。 もしもこんな臭いのエレベーターに乗り込んでこようとした人は、 おそらく確実にしかめ面をした後、階段を使うことを決めるだろう。 あまりの強烈な臭いゆえ、 彼はこのおならが 清楚な彼女のものであることに疑いを持ち始めた。 もしかしたら、自覚はないが、自分がうっかり漏らしたのではないか? いや、むしろ、自分がしたことにしなければ、 彼女にとっても酷ではないのか? 男は、覚悟を決めた。 二人しかおらず、誰が犯人であるかが互いに明らかな中、 彼は彼女のほうを向き、腰を曲げて謝った。 「ごめん!密室なのに、おならなんかしちまって…… 臭い思いしただろ?ゴメンな。」 だが、彼女にとってはこれは逆効果だった。 もっとも、異性と会話すら碌にしたことのない彼が、乙女の心理を解しているはずもない。 このようなことをすれば、彼女がおならをしたことを必要以上に強調するだけでなく、 俺はこのおならが臭くて耐えられないと公言しているようなものなのだが。 彼女は色白な顔を真っ赤にし、うつむきながら返事をした。 「違うの…あなたのじゃなくて…その、……私がしたの…その、あの……おなら……あっ」 ぷぽぅ~~っプウッ! 喋るために気力を分配したことが災いし、彼女のオシリから、 恥ずかしい音と共に恥ずかしいものが放出された。 それは音が鳴り終わるのとほぼ同時に、彼の鼻腔をくすぐった。 今度こそは、彼も無言のままいることは出来なかった。 |